気づいたら2年目が終わりそう
気づいたらあっという間に2年目がもうすぐ終わる。
仕事をしていると、仕事に追われることが多いので、ここで振り返る。
2年目もメインの業務としては、1年目の業務とあまり変わっていない。けれども、今までは先輩の補助や支持を受けて実務を担うことが多かった。
しかし、今では担当業務を主体となって回すこと、先方に意見を求められたら、真っ先に回答する役割になっている。これは正直、先輩が3ヶ月研修に行くタイミングで任され、戻ってきてからもそれは続いている。
世間的に見てそれが早いのか遅いのか私には分からないけど、ひとつだけ言えるのは担当業務の自社の状況・他社の状況については自分が1番把握出来ているんじゃないかと思っている。(実態はどうかという話ではなく、情報は自分から拾いに行っているという意味合い。)
これは、自社の状況についての肌感覚が少しずつ養われてきたと同時に、傾向や推移についてまとめるようになったからだと思う。また、今実務は少しずつ別の方にお願いしているが、その方にも業務の所感を定期的に聞くことで、状況の全体観の把握を心がけている。
上司に説明するときも今こういう状況で、こういうことが懸念されるからこれをやりたいなどと提案をしている。ただデータを集計するのではなく、そこから何が見えるのか、何をしていく必要があるのかについて少しずつではあるがアプローチできていると思う。その他今年は他社の同職種の人と交流する機会を持った。その機会自体は上司から依頼を受けて行ったものであるが、積極的な発言を心がけた。そして、他社の方を自分から誘って飲みにも行った。色々なものについて俯瞰的に見れる機会だったと思う。
その中で感じた自分自身の強みは、さらっとコミュニケーションが取れることなのかなと思う。
そう思ったきっかけは階層別研修での出来事。事務局として後ろから見ているが、必ず研修受講者と話すことを心がけている。その中で、同じく事務局の人は怒っているのかと受講者に聞かれた。理由を尋ねたところ、受講者の誰とも話していないこと、表情が怒っていそうとの事だった。
自分は正直ただ話したくて話しているだけだったが、そういう風に見られるんだなと思った。
(ここでは、どちらが良いとか正しいとかの話はしていない)
それで言うと、改めて人と話すことが好き、頑張っている人の力になりたいと自分は思っていることに気づいた。
(ここはもう少し言語化したいけど、まだ思いつかないのでまた書く。)
じゃあ、3年目はどうするのか。まず状況としては、今まで一緒にやってきた先輩がいなくなる。そして20歳上の異動してきた人に業務を説明して一緒にやっていかなければならない。
2年目は自分が進めて先輩にチェックしてもらっていたけれど、3年目は主体的に進めつつ、依頼した内容をチェックしていかなきゃいけない。そして、それをやって貰えるように次に繋げる必要がある。そして新しい業務も増える。個人的に新しい業務が増えることは自分の領域が広がるので楽しみ。
また、自分の中で今克服したいと思ってることは簡潔に話すこと。ついつい話したい内容が多すぎて、長くなってしまう。文を区切る習慣・整理してから話す習慣をもう一度つけたい。
いったん投稿する。
また追加があれば書く。
心に留めておく言葉【三現主義】
なんとなく寝れないので、ここ最近印象に残った言葉を書いてみる。
「制度は作るだけではだめで、その制度がどういうふうに捉えられているか、どう利用されているかを必ず見なくてはならない。その上での変革が必要。」
これはある技術部門の管理職の人から、これだけは覚えといて欲しいと言われた言葉。
いざ書き起こしてみると当たり前な言葉な気もするけど、その時の私はすごくハッとしたし、働く上ですごく大切だと感じた。
ここからは推測だけれど、これは三現主義を常に製造現場だと言われているからそう考えたのかな。三現主義とは、現場・現物・現実を指している。自ら現場に足を運び、現物を見て、現実を確認する。
最初の集合研修の時、いろいろな方からこの三現主義のお話はしてもらっていた。でもその時は純粋に言葉に納得しているだけで実感はあまりなかった。
でも実際働き始めて1年半、その大切さ・難しさを感じている。私は今はまだ大きな制度を作ることに関わることはないからこそ、その制度を受ける社員として疑問に思うことはある。けれど、それは自分のチームが制定しているものでもあって、三現主義の実行性の難しさを感じた。
「いろんな声を聞いてほしい。それが会社を作る未来となる」
研究開発部門の役員の方からいただいたこのアドバイスも辿れば三現主義の要素があるのではないか。
これを書いたとて、じゃあどうすれば意識できるかは分からないけれど、なんとなくこれは書いておかなきゃいけないと思ったので、書き留める。
思考が進んだらまた書く。
去年からたまにOGという立場で話をさせていただくことがあるが、社歴の浅いかつ特殊な職種かつニッチな業界なので、参考になる話はできているのか分からないなと思いながら参加している。
(そもそも参考になるような話が私にあるのかは別の疑問。経験を共有するくらいの意識かも。)
これに参加している時が、大阪配属であることが最も役に立っている瞬間な気がしている。
気づいたら1年経った
2年目になってしまった。
まだ配属されてからは1年経ってないと言いたいけれど、新入社員の初々しさを見てると1年が経ったんだと思う。
個人的には怒涛の1年だった。
とにかくがむしゃらにやった。
がむしゃらにやったことで、少しずつ自分の中に仕事が入ってきた気がする。
冬くらいまでは仕事に対して、ひたすら動き続けるロボットみたいな()
でもそこから少しずつだけど、仕事の相談をする時に自分の意見や提案、その理由を伝えながら仕事ができるようになった気がする(これはほんとに最近)
これは経験を積んだこと、そしてなぜ現状がそうなのか・それに対して受け手はどう感じるのかを必ず聞いていたこと、この3点によるものだと思う。
まだ1年終わっただけかもしれないけど、あっという間だし、組合の方に顔つきが1年で変わったねと言われて嬉しかった!(いい意味なはず())
ただ、まだまだ出来ないこと、足りないことはたくさんはほんとにたくさんある。
今年はどんどん主担当の仕事がおそらく増えていくし、先輩が3ヶ月別部署に行く社内ISもある。
今の私の状態としては、やりたいこと・改善したいことはあるけど、過程をまだまだ自分で描けていない状態。
2年目は、やったことある仕事については適度な報連相をしながら、ある程度のハプニングも対応しつつも自分で進められる状態。
そして、改善する時の手法、周りを巻き込む力をつけ始める1年にしたい。
(難しいことを淡々と言っている気もするけど、目標は高く!)
四半期か半期に1回くらい振り返りたい。
上手くやりたいという思考を捨てたい
上手くやりたいという思考は一見すると、向上心がある感じがしていい気もする。
けれど、焦りにつながる可能性もある危ない気持ちだとも思っている。
今ありがたいことに、たくさんの経験をさせてもらっているし、1年目に見えないくらいしっかりしているねとお褒めの言葉をいただくこともある。
その言葉をかけられると嬉しい気持ちと同時に中身を伴わせなきゃなと思う。依頼してもらった以上は全部やり遂げたいと思う。
でも正直、全部出来たかと聞かれたら先輩にお願いした仕事も全然あるし、仕事が溜まっている感じがして不安になることもある。社会人向いてるのかなと思うことも。
でもある日、管理職の方と飲みに行った帰り、こういった話をしたら、「もちろん期待してるけど、期待して仕事を振ってる訳じゃないよ。」って言ってくださった。
今まで生きてきた中でありがたいことに期待してもらうこともあったと思う。でも私は期待されることがすごく苦手だった。なぜなら、失敗した時に申し訳ないから。裏切ってしまった感じがするから。だから、人から何かを依頼された時上手くやりたいと思ってしまう。
でもこの管理職の方の言葉を聞いて失敗することも、ある意味期待していることなのかなと思った。
続けて「一生懸命にさえ頑張ってくれたら、チーム全員で助けるから。今一生懸命頑張ってるの分かってるよ。」と言ってくださった。嬉しかった。
今すごく来年度が怖いなと思っていてそういう不安もあるけど、いったんは一生懸命に頑張ろうと改めて思った。
マルチ思考
入社して3ヶ月、配属されて2ヶ月弱。
まだまだ語るには早いけど日記感覚。足跡残し。
社会人になったらマルチタスクが求められる的なことは、学生のうちから何となく知っていて少し苦手に感じていた部分はあったから少し不安だなーと思ってた。
しかし、マルチタスクどころじゃない、マルチ思考がないと後々やっていけないと今感じている。むしろマルチタスクは前提にある感じがする。
メイン業務を3つ持たせてもらって、さらにそのほかの細々とした仕事も任せていただくのでその時点でマルチタスクはできて当たり前というか。100%綺麗に回せている自信はないけれど、常に優先順位を確認してやっている。やれるやれないではなく、そうせざるを得ないなと思う。
それよりも自分がこれから鍛えたいかつ難しいと思うのが物事をマルチに考えること。
例えば採用を考えていく時に、こういう方法で学生にアプローチをしていきたい。それは果たして実現可能であるのか。上からの承認が降りるのか。現場の人には理解してもらえるのか、現場のためになっているのか。それは将来に繋がる行動であるのか。学生に支持してもらえる内容か。考えたらキリないくらいにたくさん出てくる。
ただ他視点を意識するんじゃなくて、現状に落とし込んだ時のハードルが想像していたよりも沢山あるからそこを考慮していかなきゃいけない。
これは半分慣れ、半分振り返りで身につくものなのかな。あとはもう運的な部分な気も。
これを身につけることが社会人なのかなと思いつつ、全部は染まり切りたくないと思いつつ。
この悩み?というか感想?も色々やらせていただいたり、打ち合わせに入らさせていただいたりしているからである気もする。
学生から社会人になって2ヶ月で全然違う景色に見える。来年は1年の流れや概要を理解した上で仕事をするからまた違う景色になると思う。見る景色が違うことに関しては面白さ半分、もどかしさ半分。
たくさんいただいているチャンスを無駄にすることなく、来年を見据えて行動していく。
今年は新入社員だから何を聞いても答えてくださるし、フォローしてくださる。その立場が無くなった時の最初がいちばん怖いので今のうちからきちんと考えておく。
とは言いつつ、どうなるかは未知数ですが。
ほぼ知り合いが居ないとこに出てきて、しかも同じフロアに同期はいなくて孤独を感じる時もたまにあって、虚無の5歩手前くらいの気持ちになる。
そんな時に先生のTwitterや後輩のブログ見たりすると、私も頑張らないとなって思える。
そんなに関わりのある後輩が沢山いたわけではないけれど、ゼミなどで頑張っている後輩を間接的に見て頑張ろうと思うし、面白そうなことやってんなーと思う。
誇りを持って仕事をする社会人になりたい。
グレー?グラーデーション?こそ大事説
社会人になって約2ヶ月。
常に緊張しっぱなしだった。(なお、電話対応の試練は来週からの挑戦())
大学までやってきたことと全然違う会社に入ったので知らないことだらけだし、支給された社用携帯がiPhoneだから使い方わからんし(Android勢)、知らない土地で乗り換え2回しながら通勤して最初の方は朝起きて会社着けたら100点という感覚だったし…
大学での経験が活きたなと思うことは質問力。
自負すると、新入社員研修において同期の中で1番質問したと思う。
質問する理由は納得した状態でインプットしたいから。
そして意識している部分もある。意識している理由はいくつかあるけれど、その中でも大きいのは、自分がいちばん知らないという意識を持っているからである。
社会人になったばかりで詳しい社会人マナーも分かってないし、理系メーカーが故に、院卒や理系出身の子に比べて業務内容も理解することはすごく時間がかかるし難しいなと思う。
だからこそ質問をする。分からないからこそ分かった振りをせずにどんなに小さな質問でも聞く。院卒の子の質問を聞いてるとすごく深く内容について質問をしていてすごいなと思うけど、私にはそんなことを聞ける知識はもちろんない。開き直るわけでは無いが、自分自身が自分の現状を把握しておかないと、業務を行った際にミスにつながると思うので、そういった意味で質問として言語化するのは大事だと思う。
あと質問をすることで自分の興味を示すことも出来ると思う。自分が実際配属される業務とはもしかしたら関係ないかもしれないけれど、話す側を考えた時に質問してくれた方が嬉しいし、モチベーションにつながると思う。
というか何の知識が役に立つかなんて分からないからとにかく聞いとくべきか。(もちろん、調べられることは調べるという前提のもと。)
あと、今後業務でかかわった時に質問たくさんしてた子だと思っててくれて覚えられてたら理想だけどどうだろ()
配属されて約2週間。
研修の時に結構1年目は暇かも?って言われてたけど全然そんなことない。
普通に忙しい笑(追い込まれてる訳では無いので問題は無い)
今やってる仕事的に学生時代からずっと見てきた仕事、かかわることの多かった仕事だけれど中に入ると全然想像と違う。違いが分かるってすごく大きいことだと思っていて。比較対象が両方きちんと認識できていないと分からないものだと思う。
私は社会人なんだけど、今は学生と社会人の間みたいな。だから社会人の立場ではあるけど、学生に近い感覚も残ってるみたいな。これってめっちゃラッキーだと思って。顧客視点分かりながら動ける良さがあるし、染まってない視点は期間限定のものなのできちんと日記でもつけたい。つけます。
なんか雑になっちゃったけど思ったより忙しくて草(全然定時には帰らせてもらってはいる)という話と、若干立場不明なこの時期の考えこそ言語化しとくべきなのかなというお話。
今は忙し楽しいって感じ!(未来はわからん())
ブログを書くこともひとつの趣味説
極々たまにゼミの後輩とご飯に行ったりすることがあるけど、その中でブログの話が割と高確率で出てくる。
ゼミの特徴であり、共通のやっていること?だから話題に上がりやすいんだろうけど、その中でも特にブログに対する評価の話が出てくる。ゼミ内のグループLINEで共有されたり、はてブロだったら星の数だったり、表立って言われている訳ではないけど書く側はこれらを評価として受け取り、優劣を感じる人間が一定数いる。
私もそこを全く気にしていないかと聞かれたら嘘になる。
気にしてちょっとブログモチベが下がる時もあるけれど、でも気づいたら書きたい気持ちの方が上回って勝手にブログを書いて更新している。
私は文章を書くことは好きだけれど、この好きは鳥が大空を飛んでいるみたいな好きなんだと思う。
これを職業にしてしまうといろんな条件や制約が生まれてくると思う。(もちろんそういう種類の楽しさもあると思う。)
私はただただ思ったことを言語化したい。なので、もちろん他人から面白かったとか良かったとか評価されることは嬉しいけど、ブログに書き起こして言語化された時点でわたし的にはすっきりしている。さらにそれを日記じゃなくてブログにすることで、公開されているが故の論理性が薄く担保されていて自分の中でちょうどいい感覚がある。(全然論理的じゃない時もあるけど)
他人からの評価よりも自分の感情が上回ることが趣味の定義みたいなものなのかなって思って、そうするとブログは私の趣味みたいなものなのかなって最近気づいた。
とか言って全然気にしてたりもする瞬間もやっぱりあるけど書かずにはいられない
先生がブログをゼミ生に開設させる目的とズレている部分もあると思うけど()
追記
なんで自分は言語化したいんだろうって思った。そうした時に自分は口頭で説明するのが苦手で頭の中で組み立てたものを上手く人に説明できない。ましてやきっと上手く論理だてられてない時もあると思う。
その中で文字に起こす言語化は、自分の中でいちばん整理しやすい手段なんだと思うし、その整理したものを綺麗に形として残したいのかなと。